メモ

アルチュール・ランボオ『地獄の季節』

『地獄の季節』 「賎しい血統」 前世紀には、いったいおれは何だったか?今あるおれが見つかるばかりだ。もう放浪者はいない。理由もわからぬ戦争もない。劣等人種が何もかも蔽ってしまった。――世に言う民衆を、理性を。また国家と科学を。 おお!科学!これ…

マーク・トウェイン『地球からの手紙』

『アダムとイヴの日記』 イヴの墓にて アダムーー『イヴがどこにいようとも、そこがエデンであった』 『地球からの手紙』 そうとも。アダムとイヴはいまや、何が悪かを知り、悪い行いも覚えたのだ。二人は様々な悪事のやり方を覚え、そのなかでも重要なもの…

ピーター・シェファー『アマデウス』

サリエリ それは私の耳にしっかりとついて離れず、胸を刺し貫き、息が詰まるほどだった。やがて、心を和らげるようなクラリネットの音色が響いてきた。うっとりするその調和、私は歓びに全身が震えた。目はかすみ、部屋の光がちらちらした!(こみ上げてくる…

三島由紀夫『剣』『夜の支度』

『剣』 『あいつはもともとそんな奴じゃなかった。あいつは俺をさえ警戒し、俺の自然な感じ方を、「誤解」と思うようになったんだ。それで手前は、「誤解に囲まれて生きるのは仕方がない」と思い込んでやがる。そういう傲慢は許さんぞ。友達は「誤解」なんか…

シェイクスピア『ハムレット』

ハムレット 生きるか、死ぬか、それが問題だ。 どちらが立派な生き方か、 気まぐれな運命が放つ矢弾にじっと堪え忍ぶのと、 怒濤のように打ち寄せる苦難に刃向い、 勇敢に戦って相共に果てるのと。死ぬとは――眠ること、 それだけだ。そう、眠れば終る、心の…

ダンテ『神曲 天国篇』

意志は、意志が欲せぬかぎりは、滅びるはずはなく、 暴力を加えられて火が弱まることが千回あろうとも、 なお火勢が自然と盛り返すように、意志もまた燃えあがるはずのものです。 「もし奇蹟もないのに世界がキリスト教に 帰依したとするなら」と私がいった…

ヘルマン・ヘッセ『ガラス玉演戯』

召命を受けるものは、それとともに、贈り物や命令ばかりでなく、罪のようなものを背負い込む。ちょうど、戦友の列の中から引き抜かれて、将校に昇進させれる兵士は、戦友に対し罪の感情というより、良心のやましさをもってそれを償うことが多ければ多いほど…

小川洋子『博士の愛した数式』

私と息子が博士から教わった数えきれない事柄の中で、ルートの意味は、重要な地位を占める。世界の成り立ちは数の言葉によって表現できると信じていた博士には、数えきれない、などという言い方は不快かもしれない。しかし他にどう言えばいいのだろう。私た…

横光利一『鳥』

まことに過去一世紀の間に現われた新学説の興亡を私が思い出しても、個人の力の限界の小ささを感ぜざるを得ないのだ。一世を風靡した凡水論の主唱者エルナーを顛覆させた凡火論、その凡火論の主唱者ハットンを顛覆させた災異説、その災異説の主唱者セジイッ…

ダンテ『神曲 煉獄編』

先生は両の手をひろげ 草の上にそっと置いた。 私は先生の意向を察し、 涙に濡れた両の頬を先生の方へ差しだした。 そこで地獄の汚れを先生がことごとく洗い落とすと、 蒼ざめていた頬にもあかみが戻ってきた。 「私のような体は暑さ寒さや苦しみは覚えるよ…

シラー『群盗』

フランツ いっそ、わたしの心臓が、兄上に対してこうまで温かく動かなかったら!自分でも拒ぎ切れない、このよこしまな愛情は、いつか一度、わたしを神の法廷にひき出すのだ。 モオル 人間とはーー人間とは!いつわりと偽善の仮面をかぶった鰐の一族だ!きさ…

村上春樹『ダンス・ダンス・ダンス』

「私がいちばん好きな事、何かというとね」と彼女は僕の目を見ながら言う。「冬の寒い朝に嫌だな、起きたくないなと思いつつ、コーヒーの香りと、ハムエッグの焼けるじゅうじゅういう匂いと、トースターの切れるパチンという音に我慢しきれずに、思い切って…

ドストエフスキー『二重人格』

いまゴリャートキン氏の向かいに坐っている男こそ――ゴリャートキン氏の恐怖だった、ゴリャートキン氏の羞恥だった、ゴリャートキン氏の昨夜の悪夢だった、一言にして言えばゴリャートキン氏自身だったのである――と言っても、現に口をぽかんと開け、手にペン…

ダンテ『神曲 地獄篇』

人生の道の半ばで 正道を踏み外した私が 目をさました時は暗い森の中にいた。 その苛烈で荒涼とした峻厳な森が いかなるものであったか、口にするのも辛い。 思い返しただけでもぞっとする。 その苦しさにもう死なんばかりであった。 しかしそこでめぐりあっ…

ミルトン『失楽園』

「もしお前があの者だとしたら……ああ、それにしてもその落魄した姿はなんとしたことか!その変わり果てた姿はなんとしたことか!お前が、光に充ちたあの幸福な天国で赫々たる光輝に包まれ、夥しい輝ける天使の群れを凌いでいたあの天使だったのか!そうだ、…

シェイクスピア『尺には尺を』

公爵 天は人間が松明を用いるように人間を用いられる、松明が照らすのはおのれ自身のためではない、同様に人間の美徳もおのれのうちにのみとどまればなきにひとしい。人間の心が美しく造られているのは美しい行為を生むためにほかならず、自然がそのすぐれた…

サマセット・モーム『月と六ペンス』

芸術は感情の表示であり、感情はすべての人が理解できる言葉で語るものである。 誰だったか忘れたが、人間は魂の救いのために、毎日嫌なことを二つすべきであると推奨した人がった。なかなかの知恵者である。その格言を私は忠実に守っている。というのは私は…

L・ザッヘル=マゾッホ『残酷な女たち』

『サイダから来た姉妹』 ダマリスの冷たさには、ひらひらと舞いながら落ちかかる雪が肌をくすぐると同時にほてらせもするように、神経を掻き立て落ち着かなくさせるところがあった。 彼女の目の色をめぐって論争がもちあがったことも一度や二度ではなかった…

三島由紀夫『鏡子の家』

苦悩や青春の焦燥を恥じるあまり、それを告白せぬことに馴れてしまって、かれらは極度にストイックになった。かれらは歯を喰いしばっていた。実に愉しげな顔をして。この世に苦悩などというものの存在することを、絶対に信じないふりをしなくてはならぬ。白…

ヘルマン・ヘッセ『ヘッセ詩集』

「告白」 私の友だちは、だれか?―― 大洋の上空にまよった渡り鳥、 難破した船乗り、羊飼いのいない羊の群れ、 夜、夢、ふるさとを持たぬ風など。私があとにして来た道ばたに、 こわれた寺院や、荒れ放題で 夏のように茂った蒸し暑い愛の庭がある。 しおれた…

ドストエフスキー『おかしな人間の夢』

おれはおかしな人間だ。 奴らは今ではおれのことを<気狂い>だと言っている。奴らにとっておれが以前みたいに<おかしな人間>じゃなくなったというんなら、これはまあ官等がひとつ上がったというものだ。でも、今はもう怒ってなんかいない。ただみんなが可…

村上春樹『羊をめぐる冒険』

「希望というのはある限定された目標に対する基本的姿勢を最も美しいことばで表現したものです。もちろん」と男は言った。「別の表現方法もある。おわかりですね?」 相棒は頭の中で男の科白を現実的な日本語に置き換えてみた。「わかります」 彼は酒を飲み…

シェイクスピア『オセロ』

イアーゴー わが詩の女神、いよいよ産気づかれましたぞ、それ、生れた、これ、このとおり。 色が白うて賢うて 器量がようて智慧あって 器量で売れてそのうえで 智慧で器量を高く売る デズデモーナ それだけ褒めていただけば、冥利につきます!それなら、もし…

カミュ『シーシュポスの神話』

真に重大な哲学上の問題はひとつしかない。自殺ということだ。人生が生きるに値するか否かを判断する、これが哲学の根本問題に答えることなのである。 地球と太陽と、どちらがどちらのまわりをまわるのか、これは本質的にはどっちでもいいことである。ひとこ…

サルトル『嘔吐』

彼女はけちけちと苦しんでいる。きっと、快楽に対してもけちけちしているのだろう。この単調な苦悩、鼻歌をやめるとすぐさま彼女にとりつくこの愚痴、いったい彼女はときとして、それから解放されたいと思わなかったのだろうか、思いきり苦しみ、絶望に溺れ…

ガルシア・マルケス『百年の孤独』

「誰にも行く気はないらしい。わしらだけで出かけるか」。ウルスラは顔色ひとつ変えないで答えた。 「出かけませんよ。この土地に残ります。ここで子供を産んだんですからね」 「まだ死んだ者はいないじゃないか」と、彼は言った。「死人を土の下に埋めない…

安部公房『砂の女』

女の話題は、範囲が狭い。しかし、いったん自分の生活の圏内に入ると、たちまち見ちがえるほど活気をおびて来る。それはまた、女の心にたどりつく通路でもあるのだろう。べつに、その道に、とくにひかれたわけでもなかったが、女の言葉は、厚いモンペの生地…

カミュ『カリギュラ』『誤解』

『カリギュラ』 老貴族 わしは恋の仕業と考えたいね。そのほうが感動的じゃよ。 エリコン いや安心できるのだ、そうとも、そのほうが全然安心なんだな。こいつは、頭のいいやつ、悪いやつ、おかまいなしにやられる類いの病気だからな。 第一の貴族 いずれに…

ヘルマン・ヘッセ『おお、友よ、その調子をやめよ!』『我意』

『おお、友よ、その調子をやめよ!』 なお一言、この戦争のもとで絶望的に悩んでいる多くの人々に、また今は戦争だということによってあらゆる文化と人間性が破壊されているように思う多くの人々に、訴えたい。人間の運命が知られるようになってから、戦争は…

ヘルマン・ヘッセ『デミアン』

私がはいっていったとき、私のくつのぬれているのを父がとがめたのは、ありがたいことだった。それでわき道にそれ、父はもっと悪いことに気づかなかった。私はこごとを忍びながら、それをひそかにほかのことに結びつけた。すると、奇妙な新しい感情が心の中…