ピーター・シェファー『アマデウス』

サリエリ それは私の耳にしっかりとついて離れず、胸を刺し貫き、息が詰まるほどだった。やがて、心を和らげるようなクラリネットの音色が響いてきた。うっとりするその調和、私は歓びに全身が震えた。目はかすみ、部屋の光がちらちらした!(こみ上げてくる感情に激しく)アコーディオンはうめき声をあげ、それにかぶせて高音楽器がむすぶような調べを奏で、音が矢のように私に降りそそいできた。そしてその音は苦痛となって私に襲いかかったのです――そう、苦痛となって!おお!この胸の痛み!今迄味わったことのない苦しみでした。「これはいったい何です?」私は神に問いました。この苦痛は何か?アコーディオンはうなり続け、私の頭を締め続けた。苦痛に堪らず私は外に飛び出した――
(立ち上り、興奮して舞台中央に駆け寄る。ライト・ボックスに夜の街並が映される。音楽は低く続いている)
階段につまずき、ドアを押し開け、寒い夜の街に駆け出しました。深く息を吸いました。(苦悶して、天に呼びかける)これはいったい何です?主よ、お教え下さい!この苦痛、この胸の痛み、これは何です?あの音の中にあったもの、あれは何なのです?満足できるようなものでないにもかかわらず、聞く人を満足させずにおかないあの音、あれは主よ、あなたの思し召しなのですか?あなたのものなのですか?
(間)
二階のサロンから音楽がかすかに聞こえていました。人通りの無い街に星がまたたいていた。突然私は、恐ろしさにぞっとしました。私はたった今、“神の声”を聞いたのではないか――そしてそれを産み出したのは“けだもの”ではないか――その声を私は既に聞いている、猥褻な音楽を平気で喚く子供のようなあの声!

サリエリ それならそれで結構!今から私たちは敵同士だ!そう、この私とお前がだ!もうお前からは何も受け取らない――聞こえたか……?神を侮ってはいけないというのなら人間だって侮られて平気ではいられない……!私も侮られたくない……!神の意志はおのが好むところに働くと聖書は言っている。だが私は言おう、それは間違いだ!神の意志は我々人間の徳をこそ求めるべきで、徳の無いところに神の助力が働いてはならない筈だ!(叫ぶ)ディオインジュスト――お前は不公平だ――敵だとも!今からはお前のことこう呼ぼう、ネミーコエテルノ――永遠の敵と!誓ったぞ、私の命が尽きる迄、私はできる限り、この地上でお前を妨害してやる!(怒りの眼差しで神を睨む。観客に)こちらから逆に神を教えてやれないとしたら、結局、人間というのはいったい何なのでしょう?

サリエリ (観客に)御覧の通り!私は彼女が欲しかった筈だ――そうですとも、この時以上に欲しかったことはないくらい!しかし、今や私はこういうつまらぬことはどうでもよくなった……!私の戦う相手はモーツァルトではない――彼を通して戦うべき別の相手がいるのだ!彼を大事に思う神との戦いです。(軽蔑的に)アマデウス……アマデウス……!

サリエリ アミチカーリ――親愛なるお友だちの皆さん。私は、ただ一対の耳を持ち合わせて生まれてきたというだけで、それ以外の何者でもありません。私が神の存在を感じるのは、ただ音楽を通してだけ、音楽を聴く時だけでした。神に礼拝するのも、ただ作曲をする時だけでした……。その私の周りでは、人々は、世間一般に共通の、広い権利を求めるのに一生懸命です。私はただ、何か特定の音、特定の旋律を求めてやまなかっただけです。人は皆、自由を追い求める。私はひたすら奴隷になりたかった。そうです、完璧なもの、完全なものの奴隷となり、命令され、こき使われたかった。しかし私にはそれが拒否された――つまりは、全てが無意味に、さァ、今から私は亡霊になろう。あなた方の番がきて、この世で生きるようになった時、私は陰ながらあなた方を見守っていてあげよう。あなた方がみじめな失敗や、やり損ないを情けなく思う時、また、あなた方の事など何も考えてくれない神のあざけりに悩む時、私はあなた方の耳に囁こう、私の名を。「アントニオ・サリエリ。あらゆる凡庸な人々の守り神。私がついている!」そしてもし、あなた方が見捨てられた絶望の淵で苦しむのなら、その時は私に祈りなさい。私はあなた方を赦してあげよう。ヴィサルート。