ダンテ『神曲 天国篇』

意志は、意志が欲せぬかぎりは、滅びるはずはなく、
 暴力を加えられて火が弱まることが千回あろうとも、
 なお火勢が自然と盛り返すように、意志もまた燃えあがるはずのものです。

「もし奇蹟もないのに世界がキリスト教
 帰依したとするなら」と私がいった、「この事一つで
 他に百倍する奇蹟だといえないでしょうか。
あなたは貧しく腹を空かした人として野にはいり、
 良き植物の種を蒔きました。その木に昔は
 葡萄がなりました。いまは荊棘しか生えませんが」

「父に、子に、聖霊に、栄光あれ」
 と天国があまねく和して歌いはじめたが、
 うるわしい歌声に私は酔いしれたような心地だった。
私の目に映じた眺めはさながら全宇宙の
 ほほえみのように思われ、聞くにつけ見るにつけ
 酔心地を覚えるのだった。
ああ歓喜よ、ああ筆舌につくしがたい喜悦よ、
 愛と平和よりなる全き生よ!
 ああ、もはやこれ以上は望み得ぬ、ゆるぎないこの財よ!

ああ貪欲よ、おまえが人間を呑み込んで、底深くに
 沈めてしまったために、人間は誰一人おまえの波から
 目をあげることができないでいるのです!
意志はいぜん人間に美しい花を咲かせてはいますが、
 しかし長雨のために
 本物の李が腐った果に変じています。
信仰と清純は幼児たちの中にしか
 見あたらなくなりました。しかもそのいずれもが
 頬に髯が生えるよりも前に逃げ出してしまいます。

いま思うのだが、もし私がその活光の鋭さをおそれて
 眼をそらしたならば、
 私は迷い、正道を踏みはずしたに相違ない。
いま思い返すと、それだからこそ私は
 あえてあの光を見つめたのだ。そしてついに
 私の視線を限りない神の力にあわせたのだ。
ああ、あふれるばかりに豊かな神の恵みよ、私は
 おそれはばからず永遠の光を正面から見すえ、
 私の視力をそれによって満たし尽くしたのだ!