アルチュール・ランボオ『地獄の季節』

『地獄の季節』
「賎しい血統」

前世紀には、いったいおれは何だったか?今あるおれが見つかるばかりだ。もう放浪者はいない。理由もわからぬ戦争もない。劣等人種が何もかも蔽ってしまった。――世に言う民衆を、理性を。また国家と科学を。
おお!科学!これで何もかも取り戻した。肉体用と魂用に、――まったくこういつは臨終の聖餐だ、――今では医学と哲学がある、――怪しげな民間薬と調子のいい俗謡が。それにまた、王侯貴族の気晴らしや、かつては御禁制だった遊びがある!地理学、宇宙形態学、力学、化学!……
科学、新興貴族だ!進歩。世界は進む!どうして回らないことがあろう?
これが、数の幻想だ。おれたちは聖霊に向かっている。ごくごく確かなことなんだ、神託なんだ、今おれが言ってることは。ああわかってる、異教のことばを使わずには、どうにも説明のしようがないから、おれは黙っていることとしよう。

「弱さのせいか強さのせいか、とにかくおまえはそこにいる。それは力というものだ。自分がどこへ行くのかも、なぜ行くのかも、おまえは知らぬ。どこでもいいから入って行け、何にでも受け応えしろ。おまえが死骸になってる場合と同じで、誰もおまえを殺したりはしないだろう」

おれは今でも自然を知っているのか?このおれという人間を知っているのか?――もはや言葉はない。死人どもはおれの腹のなかに葬ってやった。叫びだ、太鼓だ、踊りだ、踊りだ、踊りだ、踊りだ!白人どもが上陸し、おれは虚無へと落ちてゆくのだろうが、そんなときなど眼にも写らぬ。
餓えだ、渇きだ、叫びだ、踊りだ、踊りだ、踊りだ、踊りだ!

イリュミナシオン
「断章」

おれたちがうんと強ければ、――誰があとへ引くものか?うんと陽気なら、――誰が物笑いにされて参ったりするものか?おれたちがうんと意地が悪ければ、――おれたちをどうしようがあるものか?
さあいい服を着て、踊るんだ、笑うんだ。――おれたちには、愛の神を窓から追い出すことなんぞ、こんりんざい出来はしない。

『第一詩集』
「巴里蕃息」

廃れた宮殿は、板小舎で蔽いかくせ!
大革命の震撼の日が、人々の眼を一新した。
そして、今は、赤豚のような女どもが、腰をひねって横行するにまかせた。
恥しらずになれ。馬鹿になるんだ。野獣であれ!

「七歳の詩人たち」

生来、くらいことを好むたちだったので、鎧扉をぴったり閉めきり、
がらんとした部屋の、高い、ほのぐらい、湿気がじっとりくるような場所で、
あの黄ばんで重苦しい空、水びたしな森、
どこまでもひろがる天上の森の、みだれ咲く肉の花々に
いつも心にかかって離れないあの小説をよみかえしていると、
(――ああ、眩暈、それにつづく崩壊、支離滅裂……それからじぶんが可哀そうでたまらなくなる。)
はるか低く、衢のざわめきがきこえてくるけれど、
彼はひとり粗いシーツのうえにころがり、
その布から、切ないばかり帆布をなつかしむのであった!

『拾遺』
「太陽と肉体」

かなしいことに、人間はいま、
“私は、なにもかもわかった”という。
そして、じぶんの目を閉じ、耳をふさいでゆきすぎる。
もう、どこにも神はいない。神はない。人間が主人となったのだ。
人間が神なのだ。だが愛。それだけが信ずるに足りるだけだ!
おお!神々と人類生成の偉大な母シベールよ!
もし人がなお、君の乳房を吸っていたら!
もし、そのむかしの不滅の天の女神が
青波の照りわたるあかるさを背景に、
噎入る香気を発散させ、白泡の雪をふらせ、
薔薇色の臍を出して、しずしずと出現したならば。
かち誇った黒い眸のその女神が、森の鶯や人の心のうちの恋慕の唄を、きき入ってくれたなら。