カミュ『幸福な死』
「一つの肉体には、つねにそれに値する理想があるものだ。あえて言うなら、その小石の理想というやつを維持していくためには、半神の肉体が必要だね」
「本当にそうだ」と少し驚いてメルソーが言った。「でも、すべて誇張することはやめましょう。ぼくはたくさんスポーツをした。それがすべてです。そしてぼくは官能の世界で、とても遠くに行くことができるのです」
ザグルーが考えこんだ。
「そうだね。君には大変結構だ。自分の肉体の限界を知ること、それこそが本当の心理学だ」
「あなたはわたしを愛していないのね」
メルソーは頭をあげた。彼女は、両目に涙をいっぱいためていた。かれはやさしくなった。
「でもぼくは、そんなことをけっしてきみに言ったことはないよ」
「ええ。だからなのよ」とリュシエンヌが言った。