ドストエフスキー『二重人格』

いまゴリャートキン氏の向かいに坐っている男こそ――ゴリャートキン氏の恐怖だった、ゴリャートキン氏の羞恥だった、ゴリャートキン氏の昨夜の悪夢だった、一言にして言えばゴリャートキン氏自身だったのである――と言っても、現に口をぽかんと開け、手にペンを握ったまま化石したように坐っているゴリャートキン氏ではない、係長補佐という資格で勤務しているゴリャートキン氏ではない、好んで群衆の中に身を隠しそっと立ち去るその人ではない、また最後に、『どうか私にかまわないでください、私も諸君にかまわないから』とか『どうか私にかまわないでください、私だって諸君にかまわないじゃありませんか』と明瞭に物語っているような歩き方をするその人でもなかった。