シラー『群盗』

フランツ いっそ、わたしの心臓が、兄上に対してこうまで温かく動かなかったら!自分でも拒ぎ切れない、このよこしまな愛情は、いつか一度、わたしを神の法廷にひき出すのだ。

モオル 人間とはーー人間とは!いつわりと偽善の仮面をかぶった鰐の一族だ!きさまらの眼の中は、ただの水だ!きさまらの心臓は、ただの鉱石だ!唇には、接吻を!しかも胸には、短刀を、か!獅子といえども、豹といえども、その仔を哺む、鴉さえ、腐肉のうえに、雛を養う、しかも、あいつは、あいつは――おれは、敵意を堪え忍ぶことを学んだ、邪悪の敵が、わが心臓の血を啜ろうとも、微笑をもって答えられる、ーーだが骨肉の愛が裏切りに、父親の愛が復讐の神に変ずるときは、おう、火と燃えさかれ、男子の度量も!化して虎ともなれ、やさしい子羊も、全身の肉は逆立って、憤怒ともなれ、殺意ともなれ!

モオル よし、では出かけよう!死と危険を恐れるな、おれたちの上を支配するものは、歪めがたい運命だ!いずれは、おれ達すべての上に最後の日がせまってくる、軟らかい羽根布団の上であれ、息づまる格闘の渦中であれ、衆目にさらされた絞首台のうえ、車責めの仕置場であれ!このなかのどれか一つが、おれ達の運命だ!
シュピイゲルベルヒ いま並べた最後の箇条書きには、不足があるぞ。きさま、毒を盛られるのを言い残したろう。

フランツ さてそこで、どう仕事にとりかかるかな、この精神と肉体の水も洩らさぬ仲のよさを引きさくには?まず、どういう種類の感情を選ぶかな?生命の花を枯らすのに、いちばん劇しい害敵は、何かな?――怒りか?ーーこの飢え切った狼は、一息に、食い飽きるまで食っちまうから、早すぎるな。――不安か?ーーこの蛆虫は、食い方が遅すぎて、じれったいな――怨みか?――この毒蛇は、どうも怠けて匍うから、だめだ、――恐怖か?こいつは、希望というやつに妨げられて、手も足も出ないだろうーー何んだ?これだけか、人間の命を奪う獄卒は?死の武器庫も、もう種切れか?――そうさな?――ええと?――はてな?だめか!――そうだ!驚きだ!――この驚きというやつに限るじゃないか?――この巨人のようなやつに冷え切った手で抱きすくめられたら、理性も宗教もあるものか?――だが、と?――もしこの突撃にも参らなかったら?――さあ、そのときは?――おう、そのときには、助太刀に来い、歎きよ、そして後悔よ、おそろしい復讐の女神、一旦牙にかけたものをまた噛み返して、おのが糞まで啖らう執念の蛇よ、きさまらは、永遠に破壊する女、永遠に毒を生み出す女だ、それから、泣きさけぶ自己呵責よ、きさまは自分の家を住み荒らして、生みの母親を傷つけるというやつだ――ついでに、おまえたちも、助太刀に来い、恵みぶかい美の女神たち、やさしく微笑む過去の記憶よ、角笛に酒をたたえた、花咲く未来よ、すばやい足で、あいつの貪婪な腕をのがれながら、おまえたちの鏡の中に、天国のよろこびを映しては、あいつの眼のまえにつきつけてやれ――こうして、おれは、一撃また一撃、嵐また嵐と、あいつの脆い命を突き崩してゆく、やがて、女神たちの行列の最後にあらわれるものは――絶望だ!万歳!万歳!

死ぬってことは、ピエロが筋斗を切るのといくらも違わん、だが、死の恐怖というやつは、死ぬことよりも恐ろしいぞ。