アルベール・カミュ『戒厳令・正義の人びと』

戒厳令

ペスト 死にざまをよくするために整列する、これがかんじんなことなのだ!この代償と引きかえに、わたしは諸君に好意を示す。だがしかし、理窟に合わぬ思想だの、諸君の言う魂の憤激とやらだの、だいそれた反抗を作りだすささやかな熱狂だの、そんなものには気をつけたまえ。わたしはそんな自己満足を抹殺し、かわりに論理を置きかえた。差別と不合理、わたしはこの二つが大きらいなのだ。したがって今日以後、諸君は合理的な人間になる、すなわち規定のしるしをつけるわけだ。

ペスト うるさい!ぼやぼやしていないで、なにかやれ!せっせとやるんだ!(夢みるように)あいつらは自分で自分を執行し、自分でせっせと仕事をし、自分で一カ所に集中する。執行、多忙、集中。言葉ってやつはいいものだ、なんいでも役に立つ!

ディエゴ だまれ!ぼくたちの種族は、生きることと同様に、死ぬことを誇りにしてきた。ところが、きみの主人どもがやってきて、生きることも死ぬことも、ともに恥辱にしてしまった……

『正義の人びと』

ステパン (奥のほうで話しかける)自殺するにゃ、自分を愛する気持が強くなきゃだめさ。本当の革命家だったら、自分を愛する気持なんて持てやしないよ。

ステパン 名誉なんてものは、馬車を持っているような連中にしかない贅沢品さ。
カリャーエフ 違う。名誉は貧しい人間の最後の富なんだ。そうだろう、君、それに革命にだって名誉があるじゃないか。その名誉のためにこそ、僕たちは欣んで死のうとしているんだ。それがあるからこそ、君は、ある日甘んじて鞭を受けたんだ、そうなんだよ、ステパン、それがあるからこそ、君は今日もこうして話をしているんだ。

カリャーエフ (一瞬黙してから)誰だって、僕ほどにきみを愛することはできないだろう?
ドーラ わかっててよ。だけど、世の中の人たちと同じように愛したほうがよくはなくって?
カリャーエフ 僕はどんな人とも違うんだ。僕は僕なりにきみを愛している。
ドーラ 正義よりも、「組織」よりも、あたしを愛してる?
カリャーエフ 僕は、きみたちを切り離しては考えない、きみや、「組織」や、正義を。
ドーラ そう、だけど答えて、おねがいだから、答えて。あんたは、孤独のなかで、やさしい心で、エゴイズムでmあたしを愛してくれてる?たとえ、あたしが不正義だったとしても、愛してくれるかしら?
カリャーエフ たとえ不正義であっても、それでもきみを愛することができるとしたら、僕が愛するのは今のきみとはちがうきみなんだ。

ドーラ 知ってる?絞首刑って、どんなふうにするものなの?
アネンコフ 縄の先にかけて。もう止めてくれ、ドーラ!
ドーラ (盲目的に)死刑執行人が肩に襲いかかる。頸がぎくんと音を立てて。怖ろしいでしょうね?
アネンコフ おそろしい。ある意味ではね。だが、別の意味では、幸福なのだ。
ドーラ 幸福?
アネンコフ 死ぬ前に人間の手を感じることはね。