三島由紀夫『恋の都』

彼女は楽天的で、無頼のお人よしで、何度男にだまされても懲りなかった。純情というものはささやかなものだと世間で思われているが、彼女のような大味な純情もあるのである。

桟橋のコンクリートは初夏の正午の日をまばゆく反射させ、両側にとまった巨船の影が、細くくっきりと船体に沿うて印されている。その船の影の中を歩いてゆくことは、建物の影の中を歩くのとはちがう、ふしぎにロマンチックな感じがあった。なぜならその影は、明日はもはやここになく、一週間後には南国の港の椰子並木のかたわらに印されているかもしれないからである。