アルベール・カミュ『幸福な死』
「きみは貧乏なんだ、メルソー。それが、きみがうんざりしている半分の原因なんだ。あとの半分は、きみはいやいやながら自分の貧乏を仕方がないと思っていることにあるのだよ」
メルソーは相変わらずかれに背を向けたまま、風に吹かれる木立を眺めていた。ザグルーは片手で、かれの脚部をおおっている膝掛けをさすった。
「わかるかね。人間というものは、肉体の欲求と精神の必要のあいだでかれが保つ術を知っている、あの平衡によっていつも裁かれるものなんだ。きみはいま、自分で自分を裁きつつある。それも、けがらわしげにね。メルソー。きみは下手な生きかたをしている。野蛮にね」かれは、顔をパトリスの方に向けた。「きみは自動車を運転するのが好きだろう?ちがうかね?」
「ええ」
「女は好きかね?」
「美しければ」
「それがぼくの言いたかったことなんだ」ザグルーは火の方に向きを変えた。
「ぼくは真面目に話すのは好きではない。というのは、そうなると、話せることはたった一つしかないからだ。つまり自分の人生を正当化するということさ。ところがぼくには、怪我をした自分の両脚をどうやって自分の目に正当化したらよいのかわからない」
「ぼくにだってできません」と、ふりむきもせずメルソーが言った。
すると突然、ザグルーの新鮮な高笑いが響いた。「ありがとう。きみはどんな幻想もぼくに残してはくれないらしい」
かれは、一日一度の小便ですませたかったので、ごく少量しか飲まないことにしていたのだ。かれは、毎日が自分にもたらす屈辱の負い目を、意志の力で減らすことにほとんどいつも成功していた。
しばしばそうしたことがあるものだが、かれの生活のなかにある最上のものは、最悪なもののまわりに結晶していた。フレールとい彼女の女友だち。ザグルーと、マルトをめぐるかれの幸福への意志。いまかれは、優位に立っているのが自分の幸福への意志であることを知っていた。だがそのためには、一致を見いださねばならないのは時間とであり、時間を持つということは、経験のなかでも同時に一番素晴らしく、一番危険なことであることをかれは理解していた。暇というものは、凡庸な人びとにとてのみ致命的なことであった。多くの人びとは、自分たちが凡庸ではないことを証明することすらできないのだ。