ドストエフスキー『地下室の手記』

「(略)愛は、神のみが知る秘密でね、たとえ何が起ころうと、他人の目からはかくしておかなければならないものなんだ。そうすることで、愛はいっそう神聖な、すばらしいものになる。おたがいへの尊敬も増してくる。(略)」
「なんだか、あなたは……まるで本を読んでるみたいで」彼女はこうつぶやいた。そして、その声にはまたしても何やら嘲笑に似た調子が聞えた。

「そうさ、きみが、きみ一人が、このいっさいに責任をとるべきなんだ。なぜって、きみがぼくの前にふらふらと現れたことがいけないんだから。ぼくがならず者だってことが、ぼくがいちばん醜悪な、いちばん滑稽な、いちばんつまらない、いちばん愚劣な、この世のなかのどんな虫けらよりも、いちばん嫉妬ぶかい虫けらだってことがいけないんだから。そりゃ、そんな虫けらだって、ぼくよりすこしもましなことはないさ。でも、やつらは、どうしてだか知らないが、けっしてどぎまぎしたりはしない。ところがぼくは生涯、そんなしらみ同然のやつらからこづきまわされどおしなんだ。これがぼくの特性ときているんだ!」

ところで、ひとつ現実に帰って、ぼくから一つ無用な質問を提出することにしたい。安っぽい幸福と高められた苦悩と、どちらがいいか? というわけだ。さあ、どちらがいい?