光瀬龍『たそがれに還る』

「そういう神経でなけりゃとても調査局員はつとまらんな」
「そして生きぬくこともできないんですよ」
「いや、わしは死んだ奴の意見を聞きたいもんだ」

ここで夜空について想いをはせよう。
きらめく一千億の星々。それは今、重ねて言うまでもなく、すべて太陽と全く同じ性質をもっている天体だ。その輝きは水素核融合反応。水素原子四個が反応してヘリウム原子一個が合成されるしくみである。この時、莫大なエネルギーが光と熱になって放出される。水素一グラムがヘリウムに変わる際に放出される熱量は石炭二十トンの熱燃焼にあたるほどすさまじいものだ。光と熱のほかに、さまざまな放射線も飛び出してくる。紫外線などがそれである。地球上のすべての生物をはぐくみ、心地よい住みかと豊かな食物を生み出す源泉は実にこの凄絶な水素核融合反応によるものなのである。この水素核融合反応の原理を応用したものが水素爆弾である。人間の愚かな行為の最たるもの、窮極兵器などと称しておのれの主張を押し通さんがため太陽のひな形をおそれ気もなく天に飾ろうとする。その者たちこそ、満点に輝く星々に恥ずるべきである。そこに流れている悠久の時の流れを想い、そして、今一度、人間に与えられた七十年の生涯の意味を考えるべきである。

われわれ人類は、太陽系の中の一惑星にしばりつけられていて、それら星々をおとずれ、あるいは宇宙の果まで飛んで、自らの疑問をただしてくるなどということはとてもできない。たとえわれわれに翼があり、あるいは光より早く飛べたとしてもそれは不可能なわざである。しかし、石のごとくこの地球を離れられなくても、その心さえ自由ならばいつでもそれら星々はもとよりあるいは大宇宙の果までも自らの目で、自らの心でながめ考えることができる。それは難しい数式や巨大な観測装置など何一つ必要としない。ややもすれば生活の中に失いがちな柔軟な心、あるいは花を見、鳥や虫の鳴声に耳をかたむけ、夕映えの空に忘れていたむかしの事どもを想い起す心、その心が実は星々の語る物語を受け止める。
そこに永遠につながる一つの世界がある。

努力とはおしなべて最高のぜいたくのことかもしれない。ことにこの広漠たる宇宙空間にあっては、努力はつねに至高の浪費と結びついてきた。そして無駄そのものに比類ないある充実がこめられていた。

いやに静かな口調でソウレが言った。語尾はかすかな笑いの中に消えた。せめて――彼には笑うよりほかにしかたがなかったのかもしれない。哀しみも実はおのれのためにではなく、怒りもまたおのれの外にあるこの男には、せめて笑うことだけが自分の感情に率直につながっている行為だったのだろう。

何もしないでいるよりは、何かしたほうがよいに違いない。すべての全ての人々が、ある目的のために一つになって動いている時は、そしてその中から自分だけぬけ出すということが許されないならば、せめて形だけでも人々のまねをすることだ。せめて形だけの救いがあるだろう。それが居場所というものだ。それでいいじゃないか。これまで人類はそうしてやってきたのだ――シロウズは制服の上に、重い宇宙服をはおって、影のように回廊を歩いていった。回廊を踏む足に力が入らなかった。ダイモスの弱い重力のためだけでなかった。シロウズの胸から、これまで充満していた何かが音たててぬけ去ってゆくような気がした。