ジョゼフ・ベディエ編『トリスタン・イズー物語』

「トリスタンさま、イズーさま、不注意のそのお詫びに、わたくしは生命と肉体をお二人に捧げましょう。呪われた至らぬわたくしの落度ゆえに、この杯の中であなたがたは恋と死とを飲んでしまわれたのでございますもの!」
恋人は抱き合った。美しい肉体のなかでは欲求と生命とが波うっていた。トリスタンは言った。
「さらば、死よ、きたれ!」
こうして、陽が落ちると、マルクの領土をさして、飛ぶように、前にもまして一そう速く走ってゆく船の上で、永久に結ばれた二人の恋人は、恋にすべてを棄てて互いに身をまかせてしまった。

「気違いこそ、わたしにとってはこのうえもない智慧!わたしを馬鹿だとみる奴こそ、わたしよりはもっと馬鹿、わたしを狂人と信ずるものは、わたしよりかもっと狂人だ……」

「そのとおり、わたしは酔っているのです。しかも、永久に酔えば醒めないような飲み物を飲んで、このようにわたしは酔っているのです。妃イズーさま、お忘れになりましたか、あの海上のよく晴れた、あの暑かった日のことを。あなたは喉が乾きました、ね、たしかにそうではござりませんか。あなたとわたしは同じ一つの杯で、あの飲み物を飲みました。あのとき以来、わたしは酔って、いや悪酔いに、酔って、酔っているのです……」

婦女の怒りこそ怖るべきもの、人は心してこれに備えねばならぬ!この世のものならず愛していた男に、いちど心がかわるならば、世にもおそろしい復讐を加えるものである。女心は恋しやすく、憎悪の念もまた沸きやすい。しかも怒りは一度くれば愛のまことより長くもつづく。愛の心を制御しえても、憎悪を制することは婦女子にできない。

マルク王は恋人たちの死を知ると、海を渡ってブルターニュにきたり、イズーのためには玉髄づくりの、トリスタンのためには緑柱石の、二つの死棺を造らせた。彼はこの可憐なる二つの屍を、船に乗せてタンタジエルに運んでいった。そこえ、寺院の奥殿の右と左にしつらえた、二つの墓地にそれを納めた。けれど、夜のあいだに、トリスタンの墓からは、緑色の濃い葉の簇った一本の花香るいばらが萌えいで、寺院の上にはい上り、イズーの墓のなかに延びてゆくのであった。コルヌアイユの人々はそれをたち切った。けれど翌日ともなれば、同じ色こい花香る勢いの強い新芽が延びて、黄金の髪のイズーの墓に這うてゆくのだった。三度人々はそれを切ったが駄目である。そこで人々は、このよしをマルク王の耳にたっした。するとマルクは、その枝を二度と断ち切ることを禁じた。