ダン・ブラウン『ダ・ヴィンチ・コード』

“道”を心から奉ずる者はみなこの装具――鋭い金属の棘で肉を刺し、キリストの受難をつねに思い起こさせる革帯――を身につけている。このベルトがもたらす痛みは、肉欲を打ち消す役にも立つ。

誤解は疑惑を生むものだ。

ファーシュに言わせれば、政治的に正しくあろうとするお上の介入は警察を弱体化させている。女は警察の仕事に必要な身体能力がないばかりか、いるだけで現場の男たちの士気を乱す危険がある。ファーシュの恐れたとおり、ソフィー・ヌヴーは士気を乱すどころではなかった。

だれもが陰謀説を愛する。
そして、陰謀説は尽きることがない。

まるで時計仕掛けだな、とラングドンは思った。スイス人の得意技ということか。

「聞いてのとおり、われらが教授はヴァチカンに対してわたしよりはるかに甘い。そうは言っても、現代の聖職者がこうした文書を捏造されたものと信じているのはたしかだ。驚くにはあたらない。長年にわたって、コンスタンティヌスの聖書が絶対の真理だったのだからな。洗脳する者こそ、だれよりも洗脳されている」
「リーが言いたいのはね」ラングドンは言った。「われわれは先祖が崇めた神を崇めるということだよ」

ソフィーはいぶかしげに言った。「オーガズムは霊的交渉だというわけ?」
その指摘が本質を突いていると思いつつも、ラングドンはあいまいに肩をすくめた。生理学上、男性は絶頂の訪れとともにいっさいの思考から解き放たれる。つかの間の思考の真空というわけだ。すべてが澄みわたるその瞬間、神の姿を垣間見ることができる。瞑想の達人は性行為に頼ることなくそれと似た境地に至ると言われ、尽きることのない精神的オーガズムをしばしば涅槃(ニルヴァーナ)と称する。

「ソフィー、世界じゅうのすべての信仰は虚構に基づいてるんだよ。信仰ということばの定義は、真実だと想像しつつも立証できない物事を受け入れることだ。古代エジプトから現代の日曜学校に至るどんな宗教も、象徴や寓話や誇張によって神を描いている。象徴は、表しにくい概念を表現するひとつの方法だ。それを丸呑みしないかぎり、さほど問題は生じない」

「宗教にまつわる寓話は現実を構成する一部となっている。そうした現実に生きることで、多くの人々がよりよい暮らしを築けるわけだ」
「だけど、そんな現実は嘘っぽいわ」
ラングドンは小さく笑った。「暗号を解くのに便利だという理由で、数理暗号学者が虚数iの存在を信じるのと変わりないさ」

何年も教鞭を執ってきた経験は、銃を突きつけられたときの対処法を教えてはくれなかったが、おかげで八方ふさがりの質問に答える術は身についている。問題に正解がないとき、誠実な解答がひとつだけある。
エスとノーの中間――沈黙を守ることだ。

ダ・ヴィンチ・コード(上) (角川文庫)

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