ドストエフスキー『永遠の夫』

ある日、自分がほとんどそれと知らないうちに、リーザを葬った墓地にまよいこみ、彼女の墓を探し出した。葬式の日以来、彼は一度も墓地に来ていなかった。悲しくてならないのではないか、そんな不安にずっと取りつかれ、来る気になれなかったのだ。ところが、ふしぎなことに、彼女の墓にもたれかかってキスをすると、とたんにふっと気が軽くなった。

恐ろしい危険が避けられたのを、彼ははっきりと自覚したのである。《こういう連中なんだ》と彼は思った。《そう、ついさっきまでは、殺すのか、殺さないのか、自分でも分らなかったようなこの連中がだな、いったん、ナイフを自分のふるえる手に持ち、燃える血の最初のほとばしりを指先に感じたとたん、切り殺すだけでは足りなくなって、流刑囚たちのいいぐさじゃないが、首まで「ばっさり」切り落してしまう。そうなんだ》

《そうなんだ、自然は不具者が好きじゃなくて、「自然な解決」で不具者たちを打ちのめしている。不具者の中でもいちばんの不具者、それは上品な感情を持った不具者だ。おれは自分の経験でそれぐらい分っているんだぜ、トルソーツキイ君。自然というのは不具者にしてみれば慈母ではなくて、継母だ。自然は不具者を生んでおいて、あわれんでやるかわりに、罰を加えるんだからな、それが当然のことのように》

永遠の夫 (新潮文庫)

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