ボードレール『悪の華』
【破壊】
絶え間なく 悪魔が俺の傍らで 騒ぎ立てる。
触知されない空気のように 俺の周囲に浮遊している。
俺が それを嚥み込むと、肺臓は焼け爛れ
永遠に罪業深い欲望で満たされるように感じる。
悪魔は、俺の芸術に対する烈しい情熱を知り、
女性の最も妖艶な姿で、時おり、出現して、
偽善者の巧妙きわまる甘言で
わが唇を 破廉恥な媚薬の味に慣れさせる。
疲れ果てて息も喘いでいる俺を こうして
神の視界から遥かに遠く、荒涼として
底知れぬ 倦怠の広野の中に 連れ去って、
混乱に溢れた俺の眼の中に、
穢れた衣装や、傷口を開いた疵や、この破壊の
血にまみれた兇器を 悪魔は投げ込むのだ。
【地獄に堕ちた女たち】
解くことの出来ない無益の問題に夢中になって、
事は色恋の沙汰なのに、先ず真先に愚直から、
礼儀作法の正しさかを 恋に混淆しようとした
役にもたたない夢想家は 永久に呪われるがいい。
【血の噴水】
律動的な啜泣きで吹上る噴水さながら、
血がどくどくと迸るように 時おり 俺は感じる。
長い囁きの音をたてて 流れているのは聴こえるが、
傷口を見付け出そうと探しても 一向に俺は解らぬ。
まるで闘技場内のように、都会を横切って、
俺の血が 流れて行く、敷石を小島に変じ、
人間どもの各々の喉の渇きを潤して、
到るところで 自然の色を赤々と彩りながら。
わが身に喰入るこの恐怖を 一日だけでも眠らせようと、
しばしば欺瞞を葡萄酒に 縋りはしたが、葡萄酒は
一層 わが眼を明晰に 耳を尖鋭にするばかり。
色恋の中に 一切を忘れ去る睡りを 俺は求めたが、
俺にとっては 色恋も結局 針の蒲団に過ぎず、
あの残酷な娼婦らの喉を潤すためにのみ作られている。