サラ・ウォーターズ『半身』

シリトー様がわたしの過去を知らずにいてくれてよかった。あのかたも看守も女囚も、誰も知らなければ、過去は過去のままだ。誰にも知られていないというその事実が、わたしの過去を閉じこめ、紐と締め金で封印してくれる……

ナッシュはげらげら笑いだした。「考えたよ。まるまる一年。ここに来りゃみんなそうだ――誰に訊いたっていい。ミルバンクの最初の一年ってのは、そりゃ恐ろしいもんです。なんだって誓う気になる――また悪いことをしてここにぶちこまれるくらいなら、腹すかして家族と一緒のほうがいいって。誰にだってなんだって約束する、ってくらい後悔するんだ。でも、それは最初の一年だけ。あとは後悔なんかしない。罪を思い出す時――“あんなことをしなければ、ここにはいなかった”じゃなくて、“もっとうまくやってさえいれば……”って思うんだ。それからはここを出たらやる、ものすごくうまい詐欺やかっぱらいの手を、あれやこれや考える。“よくもあたいを悪党呼ばわりしてここにぶちこんだね。あと四年たったら、本物の悪党ってものがどんなものか見せてやるよ!”」

そう、用心したほうがいいわ、と彼女は言った――ここではみんな紙に飢えている。紙とインクに。「監獄に連れてこられると、大きな黒い台帳に名前を書かされるの」――それが自分の名前をペンで書いた最後。自分の名前を呼ばれた最後――「ここではドーズと呼ばれるの、まるで下女のように。誰かにシライナと呼ばれても、自分のことだとわからないかもしれない。シライナ――シライナ――どんな女だったかも忘れてしまったわ!もう死んでしまったのかもしれない!」

それで、わたしはただこう言った。「あなたのことを書いてもいいの?」
書いてもいい?彼女は微笑した。誰でもいいからわたしのことを書いてくれるのを思い浮かべるだけで――それが特にあなたなら、あなたが机の前に坐って、シライナがこう言った、シライナがこうしたと書いてくれるなら、とても嬉しいと言った。

わたしは、説明会に来たのではないと答え――莫迦正直に――偶然表札を見かけて、好奇心に駆られたのだと言った。するとふたりは、申し訳なさそうな顔から賢者のような表情に変わった。婦人は頷いて言った。「偶然と好奇心。素晴らしい取り合わせですこと!」

わたしは真っ先に本に向かった。ほっとさせられた。実のところ、なぜこんなところに来たのか、何を探しに来たのか、われながら訝り始めていた。けれども書架の前では――そう、たとえどんなに不思議なものについて書かれていたとしても、本を繰って読むという行為に迷うことはない。

「ここではみんな、人間的かどうかなんて忘れているわ」シライナは答えた。「――それに、懐かしんだりもしないでしょう、あなたのような貴婦人が来て、わざわざ見せつけて、思い出させたりしなければ!」
シライナの声は残酷だった――ジェイコブズやリドレー看守長と同じくらいに。わたしはシライナの椅子に腰をおろして、テーブルに両手をのせた。手を広げると、指が震えているのがわかった。本気で言っているの、と訊くと、彼女は即座に答えた――本気よ!女囚が鉄格子や煉瓦で自分の房をめちゃめちゃに壊す音を、聞かされる気持ちがわかる?顔を砂の中に埋められて、まばたきできない、痛み、疼き――「叫ばないと死んでしまう!でも、本当に叫べば思い知ることになる、わたしは――けだものだと!ハクスビー長官が、看守が、あなたが来ると――わたしはけだものになれない、人間の女でいなければならない。あなたなんか来なければいいのよ!」
こんなにも取り乱すシライナは初めてだった。わたしは言った。わたしが来ることでしか、人間らしさを取り戻せないなら、回数を減らすどころか、もっと足繁く会いに来るわ――

とはいえ、恥の感覚が、いっそう胸をときめかせることも事実だった。

実際、いまのわたしは人生でいちばん時間を好きにできるのに、蓋を開けてみると普段と同じことしかしていない。昔はそのすべてが空虚なものだったけれど、シライナが意味を与えてくれたいま、わたしは彼女のためにそれをしている。わたしは待っている、彼女のために――いえ、待つ、という言葉は貧弱すぎる。時の流れと戦っている。