三島由紀夫『青の時代』

われわれは、なかなかそれと気がつかないが、自分といちばん良く似ている人間なるがゆえに、父親を憎たらしく思うのである。

「とっつきにくい」という批評が、いつかは誠の肩書になった。何か辛いことをしているおかげで人を軽蔑する権利があるとでも言いたげな誠の眼差ほど、人を苛立たせるものはない。この種の軽蔑には、物ほしそうな影が拭われないからだ。

しばしば人を愛していることに気がつくのが遅れるように、われわれは憎悪の確認についても、ともするとなおざりな態度をとる。そういうときわれわれは自分の感情の怠惰を憎らしく思うのである。

「僕は毒薬について一見識もっている。契約不履行を法律的に正当化する力がこいつにはあるんだ。僕がもしこいつを呑む。そうすると契約当事者の一方が死んだことになり、契約は事情変更の原則によって取消されるんだ。債務がたまってどう仕様もなくなったら、こいつを呑んでこの世におさらばさ。そうすれば、合意は拘束す、という僕の真理は守られることになる。死人には意思能力が失くなるからだ」

易の外套の袖口はほころびているが、少女の着ている外套も、ほころびてこそいないが、それに劣らず粗末なものである。ただ光りの下へさし出している二人の頬の光沢だけは誰も粗末だということはできまい。その二つの顔は光りのなかで、傾いだり、うつむいたり、のけぞって笑ったりした。そして二人の額の生え際にちかいほつれ毛は、ほんとうの金いろに見えた。
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誠は二人が笑い、そのかがやく白い歯が光りを反映しあうさまを黙って眺めた。彼はふとこうして眺めている自分の存在が一種透明なものになる稀な快い瞬間を意識した。