町田康『告白』

身体の中心部は冷えきっているのに皮膚の表面は怖ろしく熱い。身体のなかにおそろしく速いものが疾走しているのに動作はことさらのろのろしているような感覚。そんな奇妙な感覚に熊太郎ははじめ戸惑い、なぜ自分はこんなことになるのか、と訝ったが、しばらくするうちにこの感覚を自ら行う詐術として操ってやろう、すなわち、みかけ上、奇妙に落ち着いているように見えること利用して、自分自身を怖ろしく度胸のある男に見せかけようと考えたのである。
そうなると半ばは恐怖を克服したも同然であった。

熊太郎はなぜこうも、耕らない、のだろう。と思いながら鍬をふるったが、そもそもそこが熊太郎の駄目なところであって、つなり耕すというのは他動詞である。熊太郎が田を耕す。これが正しい表現である。ところが熊太郎は先ほどから、耕った、耕った、と自動詞的な表現をしている。もちろんこれは無意識裡にやっていることでだからこそ熊太郎本人も、なんか妙だな、と思ってこれにひっかかっている振りをして目の前の労働の辛さから目を背けようとしたのだけれども、これは無意識裡に、田というものは本来はひとりでに、耕る、ものであって、我々はそのお手伝いをするだけだ、といった甘えたことを考えているからである。
この、耕った、という言葉は労働に対する熊太郎のこれまでの生涯が形づくった思想の全力の抵抗であったのである。

熊太郎は、何度も何度も、俺はなんたらあほであったか。と思った。
三十面さげて、餓鬼みたいに告げ口に来たのだ。大人はみな庇護者だと信じている無垢な餓鬼。泥棒の親方のところへ行って、「家に泥棒が入りました。懲らしめてください」と言っているみたいな阿呆だ。というか俺は滝谷不動で、「俺は一生、やたけたでいったる」と誓い、活火山の噴火口で宴会してるみたいな気持ちで生きてきたがあれはなんだったのか。俺はがつがつ直線的な繁栄を願ってそれを隠さない奴らにずっと厭悪の感情を抱いていたし、あえて敗北すること、あえて滅亡することは辛いけれども、苦しいけれども、人にできないそう言うことを笑ってやるのは粋なことだと思っていた。それだけを杖に俺は困難な人生をこれまで生きてきた。しかしそれは俺が社会の埒外の荒野みたいなところにいるからこそ成り立つのであって、俺は子供で大人の庇護を前提に無茶苦茶をしていたとしたら粋でもなんでもなくて、逆に無茶苦茶に恰好の悪いことということになる。と考えれば腑に落ちるのは駒太郎や村の奴の俺に対する視線で、俺が暴力的に振る舞えばそれは恐れたが、しかし、と同時に俺に対する侮蔑的な視線に、一部、なにか気の毒な人を見るような、そんな要素が混ざっていたのはつまり俺を社会の埒外の荒れ野にあえて立つ粋な奴、と思っていたのではなく、いつまでも成人できない未熟な奴と内心で思っていたからなのだ。
そう思った瞬間、熊太郎の血液が沸騰した。沸騰するということは、液体が煮えたつということで、血管というものは全身くまなく駆け巡っているから、つまりは煮えたった液体が身体の内側をくまなく駆け巡ったということである。
そんなことに人間が耐えられる訳がなく熊太郎は、「おほほほほほほ」と奇声を発してもだえ苦しんだ。
発狂しそうな痛みのなかで熊太郎は思った。l
この痛み、苦しみが今後も続けば自分は死ぬか、発狂するかしてしまうに違いないので、早急にこの痛み、苦しみを根本的に除去しなければならないが、そのためにはいろんなことをしなければならないはずで、ということは早急にこの痛み、苦しみを取り除くことはできないということで、ということは自分は死ぬか発狂をしてしまうということで、それは困る。ということはどうすればよいかというと、とりあえずいま一時的にこの痛み、苦しみを軽減するための処置をとらねばならないが、そのためにはどうすればよいかというと、いま目の前に居て直接的に痛み、苦しみの原因となっている傳次郎を除去、すなわち殺せばよいということだ。

熊太郎の眼前に内側の虚無が現出した。
雨降る暗い夜よりもっと暗い闇が俺と世間の間にはさまったのだ。はさまっていたのだ。

「思弁と言語と世界が虚無において直列している世界では、とりかえしということがついてしまってはならない。考えてみれば俺はこれまでの人生のいろんな局面でこここそが取り返しのつかない、引き返し不能地点だ、と思っていた。ところがそんなことは全然なく、いまから考えるとあれらの地点は楽勝で引き返すことのできる地点だった。ということがいま俺をこの状況に追い込んだ。つまりあれらの地点が本当に引き返し不能の地点であれば俺はそこできちんと虚無に直列して滅亡していたのだ。ということはこんなことをしないですんだということで、俺はいま正義を行っているがこの正義を真の正義とするためには、俺はここをこそ引き返し不能地点にしなければならない」

相変わらず周囲は闇であったが熊太郎はもはや走っていなかった。
ただとぼとぼと歩いていた。世の中の人のうち騒ぐ音、谷川の轟々と流れる音、火焔に屋根の大竹が爆発する音が聞こえ始めていた。さっきまではなにも聞こえなかったというのに。

もはや世界は熊太郎の言葉と直列していなかった。
熊太郎の思弁は熊太郎の顔の皮の内側で膿んでいた。
熊太郎は、いま俺の頭ははりぼてのようだ、白イルカのようだ、と思った。
熊太郎は、今後のことをいっさい考えられなかった。なぜなら十人を斬れば自分はもはや引き返し不能の行き止まりにいあtると思っていたからである。熊太郎は思った。
ところがここが行き止まりだとおもってぶち当たった壁は紙でできていて、ぶち当たった途端に破れ、その先には変わらぬ世界があったのだから笑う。というか笑えない。その紙とは縫のこと。正義をなせと言ったのは観音だが不正を暴いたのは縫のすべてを試す目だと思っていた。なのに縫はただの淫乱だったのだから笑う。笑えない。俺はとんでもない思いをしてどこにも辿り着かなかった。なんの意味もなく、ただぐるっと一周回って元の世界に戻ってきたのだ。しかし、俺自身は元通りではない。おそろしく疲弊して、そして他人の死、十人の死が、自分の死として自分のなかに蘇る。死は人にとって自分だけの死であるが、俺は十人の死を自分の死として死ななければならない。それは恐ろしいことでそんな他人の死を背負って自分の死まで生きるというのは、元の困苦よりいっそう辛い困苦だ。行き止まりが行き止まりでなkったということは恐ろしいことだ。そしてこんな思いや考えもいまや言葉となって世界に出て行くことはなく、俺の頭のなかで行き場を失い腐乱して膿となる。白イルカになる。こんな頭でどうやって逃げればよいのだ。どこに逃げればよいのだ。
熊太郎は弥五郎に言った。
「弥五、ほて逃げるてどこに逃げたらええね」
弥五郎は明るく言った。
「ぜんぜん考えてへん」

早くしなければならない。
そう思った熊太郎はもう一度引き金に足指をかけ、本当の本当の本当のところの自分の思いを自分の心の奥底に探った。
曠野であった。
なんらの言葉もなかった。
なんらの思いもなかった。
なにひとつ出てこなかった。
ただ涙があふれるばかりだった。
熊太郎の口から息のような声が洩れた。
「あかんかった」
銃声が谺した。
白い煙が青い空に立ちのぼってすぐに掻き消えた。