サルトル『悪魔と神』

ゲッツ 坊主、坊主、まじめにしろ。おまえの耳をそぎ落さねばならぬようにするな、そうしたって舌はのこしておくから何にもならんぞ(だしぬけに相手を抱く)仲よくしよう、兄弟!私生児づきあいで仲よくしよう!だって、きさまも、私生児だ!おまえを生むためには僧侶が貧乏といっしょに寝たんだ。なんという陰鬱な享楽!(間)私生児は裏切る、それはほんとうだ。かれらにほんとうのことができるかい?おれは生れつき二重のことをするようにできている。おれの母は下賎な男に身をまかした。そこで、おれはぴったりくっつけない二つの半分からできているのだ。その『二つのおのおのがたがいに憎みあっている。おまえだってそれと変らんぞ。半分の坊主が半分の貧乏人にくっついたって、一人の完全な人間にはならん。おれたちは存在しない。おれたちは何ももたぬ、正当の嫡子はみんな無償でこの地上を享楽できる。おまえやおれはだめだ。子供のときからおれは世界を鍵穴からのぞいている。そこはどいつもこいつもそれぞれあたえられた地位にちゃんとすわっている、中味のつまった、きれいなちっちゃな卵のようなものさ。おれたちはその中にははいっていないと、確言できる。外だ!おまえなんか入れてくれぬこの世界を拒絶しろ!悪をはたらけ。そしたらどんなに軽やかな気持になれるかがわかるよ。

銀行家 まあお聞きください、わたくしは人間を三種に分けています。たくさんお金をもっている人間、すこしも金をもたぬ人間、そしてすこしばかりもっている人間。第一の者はもっているものを失うまいとします。かれらの利益はそこで秩序を維持することです。第二の者は自分たちのもたないものをとろうとする。かれらの利益はそこで現在の秩序を破壊し、かれらに好都合な別な秩序をつくることにあります。この両者ともに現実主義者であって、この人たちとはうまく話合いがつきます。第三の者は一方で自分のもつものを失わぬために社会秩序を保存しようとしながら、自分のもたないものをとるために秩序を転覆さそうと望みます。そこで、かれらは思想において破壊しているものを事実において保存する。あるいは保存するふりをしてものを事実において破壊している。こういうのが観念論者であります。

ゲッツ おれは市をやっつける。
カテリーナ なぜ?
ゲッツ それは悪いことだからさ。
カテリーナ なぜ悪いことをするの?
ゲッツ 善はもうしたやつがいるからだ。
カテリーナ だれがそれをしたの?
ゲッツ 父なる神がさ。おれはすこしかわったことをやるんだ。

ゲッツ おまえはいったい何を望んでいるのだ?地獄へ落ちる資格がほしいのか?よし、わかった。おれがその資格をあたえてやる。地獄はまず広いから、おれもおまえなどに出会わぬようにできるだろう。
ハインリッヒ ほかの連中は?
ゲッツ ほかってだれだ?
ハインリッヒ すべての他の者たちだ、みんなが殺す機会をもっていない。が、みんなその欲望はもっている。
ゲッツ おれの悪性はそいつらのとは同じじゃないんだ。かれらは淫欲や利益のために悪をする。おれは、悪のために悪をするのだ。
ハインリッヒ 悪しかできぬとちゃんときまっていたら、悪をするのにどうこうって理窟は、どうでもいいだろう。

ハインリッヒ ただ一人の人間が他の一人を憎む。もうそれだけで憎しみがつぎからつぎへと人類全体にひろがるには十分なんだからね。

ゲッツ おれは人間たちの中の一人の人間になりたい。
ナスチ それだけかい?
ゲッツ そのことがいちばんむつかしいことだというのは、おれも知っている。だからこそ、おれは「いろは」のいからやらなくちゃならんのだ。
ナスチ 「いろは」のいってのは何だい?
ゲッツ 犯罪だ。今日の人間はみんな生まれつき犯罪者だ。かれらの愛や美徳の一部をうけもつ気なら、おれもかれらの犯す罪の一部をおれのものとして要求しなければならん。おれは純粋な愛を求めた。愚の骨頂さ。愛しあうこと、それは同じ敵を憎むことだ。そこで、おれはおまえたちの憎悪に自分をむすびつけよう。おれは「善」を望むんだ。ばかばかしいことだ。この地上、この時間の中では、善と悪は不可分なんだ。おれは善良であるために悪人であることを受諾する。