ロマン・ロラン『ジャン・クリストフ』

しかしメルキオルは、他人が期待してることやまた自分みずからが期待してることとは、常に反対のことを行うような類の男であった。かかる人たちは目先のきかないわけではない――目先のきく者は二人前の分別があるそうだが……。彼らは何事にも欺かれることがないと高言し、一定の目的の方へ自分の舟を確実に操ってゆけると高言している。しかし彼らは自分自身を勘定に入れていない、なぜなら自分自身を知らないから。いつも彼らにありがちなその空虚な瞬間には、彼らは舵を打ち捨てておく。そして物事は勝手に放任さるると、主人の意に反することに意地悪い楽しみを見出だすものである。自由に解き放された舟は、まっすぐに暗礁を目がけて進んでゆく。