チェーホフ『かもめ』『ワーニャ伯父さん』

『かもめ』

あの人は劇場が大好きで、あっぱれ自分が、人類だの神聖な芸術だのに、奉仕しているつもりなんだ。ところが僕に言わせると、当世の劇場というやつは、型にはまった因襲にすぎない。こう幕があがると、晩がたの照明に照らされた三方壁の部屋のなかで、神聖な芸術の申し子みたいな名優たちが、人間の食ったり飲んだり、惚れたり歩いたり、背広を着たりする有様を、演じてみせる。ところで見物は、そんな俗物な場面やセリフから、なんとかしてモラルをつかみ出そうと血まなこだ。モラルと言っても、ちっぽけな、手っとり早い、ご家庭にあって調法ーーといった代物ばかりさ。そいつが手を変え品を変えて、百ぺん千べん、いつ見ても種は一つことの繰返しだ。

『ワーニャ伯父さん』

あなたがたはみんな、分別もなく森を枯らしてばかりいるので、まもなくこの地上は丸坊主になってしまうんだわ。それと同じように、あなたがたは、分別もなしに人間を枯らしているので、やがてそのおかげで、この地上には貞節も、純潔も、自分を犠牲にする勇気も、何ひとつなくなってしまうでしょうよ。どうしてあなたがたは、自分のものでもない女のこと、そう気に病むんでしょうねえ。わかっていますわ、それはドクトルの仰っしゃるとおり、あなたがたは一人のこらず、破壊とやらの悪魔をめいめい胸の中に飼ってらっしゃるからなのよ。森も惜しくない、鳥も、女も、お互い同士の命も、何ひとつ大事なものはない。……。