伊藤計劃『虐殺器官』

「漢字、かっこいいですよね」
「読めない文字は情報というよりも意匠だからね」
「読めないからこそカッコいい、てことですか」
「そういう部分もあるな。理解できない文化は排斥の対象になりやすいのと同じくらい、崇拝や美化の対象になりやすいんだよ。エキゾチック、とか、オリエンタル、とかいう言葉のもつクールさは、理解できない文化的コードから発しているというべきだね」

「十九世紀の夜明けからこのかた、仕事だから仕方ないという言葉が虫も殺さぬ凡庸な人間たちから、どれだけの残虐さを引き出すことに成功したか、きみは知っているのかね。仕事だから、ナチはユダヤ人をガス室に送れた。仕事だから、東ドイツ国境警備隊は西への脱走者を射殺することができた。仕事だから、仕事だから。兵士や親衛隊である必要はない。すべての仕事は、人間の良心を麻痺させるために存在するんだよ。資本主義を生み出したのは、仕事に打ち込み貯蓄を良しとするプロテスタンティズムだ。つまり、仕事とは宗教なのだよ」