遠藤周作『沈黙』

砂のように静かに流れていく、ここでの毎日。鉄鋼のように張った気持が少しずつ腐蝕していく。あれほど逃れられぬもののように待ち構えていた拷問や肉体的な苦痛も自分にはもう加えられないような気がするのだ。役人や番人は寛大で、肉づきのいい顔をした奉行はたのしそうに平戸の話をする。一度、このぬるま湯のような安易さを味わった以上、ふたたび以前のように山中を放浪したり、山小屋に身をひそめるには二重の覚悟がいるだろう。
日本の役人や奉行がほとんど何もせず、蜘蛛が餌のかかるようにじっと待っていたものは、自分のこうした気のゆるみだったのだと司祭はその時始めて気がついた。