ジョン・グリーン『さよならを待つふたりのために』

「火をつけなければ、タバコに害はない」オーガスタスがいった。車は縁石のすぐそばだ。「火をつけたことはない。これは象徴なんだ。自分を殺す凶器を歯のあいだにくわえて、だけど殺す力は与えない」

オーガスタスが車のキーを探しているあいだソファに座って待っていると、おばさんが私のとなりに来ていった。「とてもいいと思わない?」たぶん、私はテレビの上の壁にかかっている「救いの言葉」のほうを見ていたんだろう。天使の絵のとなりにこう書いてあった。「苦しみを知らずに、喜びがわかるのか?」
(苦しみについてのこの手の議論は大昔からあって、何世紀も前にそんな考えはバカバカしくて幼稚だってことで決着はついている。だいたい、ブロッコリを食べたことがなくてもチョコの味はわかる。)「そうですね、すばらしいと思います」私はいった。

「あらゆる救済は一時的なものだ」オーガスタスが言い返した。「おれはあの子たちに一分かせいでやった。その一分で一時間かせげるかもしれない。その一時間で一生かせげるかもしれない。だれも一生をかせいでやることはできないだろ、ヘイゼル・グレイス?だけどおれの命であいつらに一分やれた。むだなんかじゃない」

「自分には手に負えないっていわれた」アイザックがいった。「おれはもうすぐ見えなくなる。そんなの、もう自分には負い切れないって」
「負える」ってどういうことなんだろう。背負うことはできるけど、抱えられないこともあるんだろうか。

しばらくオーガスタスの家をながめた。家って不思議だ。外から見ると中でなにかが起きているようにはほとんど見えない。私たちの生活がほぼ丸ごと入っているはずなのに。そういうのが建物の重要なところなのかもしれない。

私はママのいったとおりサンドレスに着がえたーーブルーの花柄で膝丈の、フォーエバー21で買ったやつーーそれからストッキングに、ヒールのないストラップつきのパンプス。オーガスタスよりずっと背が低いそのままの身長差でいたかった。

「食べるもの全部、一セント銅貨の味がする。それはまだいいけど、上がりっぱなしのジェットコースターに乗ってる気分だ」ガスがいった。アイザックは笑った。「目はどうだ?」
「ああ絶好調」アイザックがいった。「ただ、肝心の目玉がないのが問題だな」
「確かに、いえてる」ガスがいった。「おまえより一歩リードってわけじゃないけど、おれの体はがんでできてる」
「そうらしいな」アイザックがいった。くよくよした声にならないように。ガスの手を探して宙をかいた手は、ガスのももにふれた。
「つかまった」ガスがいった。

耐えられなかった。全部。一秒ごとに一秒前より悲しみが増してくる。何度もガスの携帯に電話しようと思った。もしだれかが電話に出たらどうなるだろう。死ぬ前の最後の数週間は、いっしょにいても思い出を懐かしむだけだった。それでも意味はあった。今はもう、過去を思い出しても前みたいに楽しくない。いっしょに懐かしむ人がいないから。いっしょに思い出を懐かしむ人を失うと、思い出そのものまでがなくなる気がする。私たちがしてきたことの実感も大切さも薄れていくような気がする。