吉屋信子『花物語』
初夏のゆうべ。
七人の美しい同じ年頃の少女が或る邸の洋館の一室に集ふて、なつかしい物語にふけりました。その時、一番はじめに夢見るような優しい瞳をむけて小唄のような柔らかい調(トーン)でお話をしたのは笹鳥ふさ子さんというミッションスクール出の牧師の娘でした。
静かに眼を閉ぢて考えて見れば、最初鈴蘭の花に浮かんだ少女の俤、その二は月見草の優にやさしい人の姿、三番目は、絵筆の先きに咲き匂ふ、白萩のあはれ深き花の色、その四は、指輪に刻まれた、えにし深き野菊の花、その五つに数えし花は、彼の古き国の廃宮の甃瓦の床にこぼれて散りしこれや黄水仙。六番には、胸に咲く思出多き山茶花の夢、夜は更けました。七人の少女が、かたみに語りあひし七つの花の物語は、かくして終わりました。あはれ、この地上に咲ける七つの花よ、汝が物語のヒロインの優しき袂に永久に匂へとこそ!
【忘れな草】
あはれ、ゆかしき花よ、Forget-me-notのあえかなる呼び名のもとに、情濃やかなる涙を誘ふてやまぬは彼のラインの流の河畔に咲きにし、その花のかたみに伝えし優しき匂ひゆえか、あはれ、この花。