フィリップ・ロス『さようならコロンバス』

「ありがとう」彼女の眼はうるんで見えたが、水のせいではなかった。手をのばして眼鏡を受けとったが、くるりと向き直って泳ぎだすまで、眼鏡はかけなかった。ぼくはじっと見つめていた。と、急に彼女の手がうしろにひょいと出た。親指と人差し指で水着のお尻のところをつまんで、ずり上がっていたのを引き下ろした。ぼくは、どきりとした。

彼女はひどく昂奮して、芝生に坐りこんでしまい、ずり落ちたぼくの靴下を汗に濡れたふくらはぎにひき上げてくれた。そして、ぼくの膝小僧を噛んだ。

結婚の申し込みには、ぼくにあろうとも思われぬ種類の勇気が必要だったろう。「ハレルヤ!」という歓呼の返事をもらわぬかぎり、我慢がならなかった。それ以外の「イエス」では、満足できないし、また「ノー」なら、「少し待ってみましょうよ」といった言葉で表面をつくろってあろうとも、ぼくにとってはいっさいがおしまいであった。

わしの売るのは、高級電球。一月はもつな、チカチカしだす前に五週間はもつ。少し暗くなっても、二、三日はもってて、急に真っ暗なんてことはない。とにかく、もちがいい、高級なんじゃ。きれる前に、暗くなってくるのが判って、新品と取りかえれる。とにかく困るのは、いま皓々とついとるかと思うと、たちまち真っ暗、こいつはいかん。二、三日は、ちかちかしとるんなら、だれも悪く思わん。わしの電球なら、だれも捨てはせんよ。とっておけば、まさかのときに役に立つ。時にぁ、わしもいってやるんだ、このレオ・パティムキンから買った電球、一度だって捨てたことがおありかね、と。心理学ってものを使わんとな。わしが子供を大学に上げようというのも、そこなんじゃ。きょうび少しは心理学をかじっとらんと、すぐやられちまう……