メリメ『カルメン』

カルメン嬢が生粋のボヘミア人であるかどうか、私は大いに疑わしく思う。少なくとも、彼女は私が今までにであった彼女と同族のいかなる婦人よりも、はるかに美しかった。スペイン人の言うところによれば、一人の女が美人であるためには、三十の条件をあわせ具えていなければならない。言いかえれば、からだの三つの部分にそれぞれあてはまる十個の形容詞を以て、品定めをなし得るようでなければならぬ。たとえば、彼女は三つの黒いものを持っていなければならぬ。目、まつ毛及びまゆ。三つの華奢なものを持っていなければならぬ。指、くちびる、髪の毛。等々、といった具合である。

余り長たらしい描写を以て諸君を疲れさすことは遠慮して、ひっくるめて次のことを申しあげておこう。欠点が一つあるごとに、彼女は必ず一つの美点をあわせており、結局その美点は、対照によってかえって美しさを発揮しているのである。ふしぎな野性的な美しさであり、一目見たものをまず驚かすが、以後決して忘れることのできない顔立ちである。とりわけ、彼女の目は情欲的であり、同時に兇暴な表情をそなえており、以後私は人間の目つきにこういう表情をみいだしたことはない。

おきき下さい。人間は、自分では気がつかずに、悪者になっているものです。きれいな娘に目がくらみます。女のために命のやりとりをします。間の悪いことが起ります。山の中で暮さなければならなくなります。そうしてわが身をふり返って見る暇もなく、密輸入者から盗賊になり下がっているのです。

――この通りたのむのだ。冷静になってくれ。おれの言うことをきいてくれ!なあ、過ぎたことは全部水に流すのだ。だが、これだけはお前も知っているだろう。おれの一生を台なしにしたのはお前だぞ。おれがどろぼうになったり、人殺しになったりしたのは、お前のためだぞ。カルメン!おれのカルメン!おれにお前を救わせてくれ、お前と一緒におれを救わせてくれ。
――ホセ、お前さんはできない相談を持ちかけているよ。私はもうお前さんにほれてはいないのだよ。お前さんはまだ私にほれているのさ。お前さんが私を殺そうというのは、そのためだ。私はまだお前さんにうそをつこうと思えば、いくらでもできるけれど、そんな手数をかけるのがいやになったのさ。二人の間のことは、すっかりおしまいになったのだよ。お前さんは私のロムだから、お前さんのロミを殺す権利はあるよ。だけど、カルメンはどこまでも自由なカルメンだからね、カリに生れてカリで死にますからね。これが女の答えでした。