志賀直哉『和解』

自分は口でそれを話す時は比較的簡単な気持ちで露骨に父を悪くいった。然し書く場合は何故かそれが出来なかった。自分は自分の仕事の上で父に私怨を晴らすような事はしたくないと考えていた。それは父にも気の毒だし、尚それ以上に自身の仕事がそれで穢されるのが恐ろしかった。

少しずつ調和的な気分になりつつある自分には実際の生活で、そのままに信じていい事を愚かさから疑って、起こさなくてもいい悲劇を幾らも起こしているのは不愉快な事だという考えがあった。そしてそれは必ずしも他人に就いての考えでないのは勿論の事だった。