スタンダール『パルムの僧院』

侯爵は知識への激しい憎しみを公言していた。「イタリアを滅ぼしたのは思想だ」と、言っていた。

帝国の没落や、世界の表面を変える革命の正確な時期を知るのに生涯をささげている男が、言語の学習などにたいして、どんな軽蔑を抱いていたかは容易に察せられよう。「ラテン語で馬はエクウスということを習ったからといって、わたしは馬のことが余分にわかるようになったかね?」と、彼はファブリスに言った。

「もっと女を尊敬した口のきき方をなさい」と、伯爵夫人は涙をこぼしながらも微笑して言った。「あなたを出世させてくれるのはきっと女の人よ。だって、あなたは男の人にはつねに嫌われるでしょうから。散文的な人たちにとっては情熱がありすぎるのよ」

われらが主人公はその朝、世にも冷静だった。多量の血を失ったお陰で、その性格の空想的なところがすっかりなくなっていたのである。

この大臣は気軽な態度と派手な振舞にもかかわらず、フランスふうの心をもっていなかった。悲しみを忘れることを知らなかった。枕に棘がはいっていると、血の脈打つ手足を押しつけてそれを折り、すりつぶさずにはいられなかった。

たっぷり二時間待つ時間も、この恋する男にはさほど長いとは感じられなかった。誰にも見られるおそれがなかったので、幸福な気持で狂ったような恋心に浸った。『老年とはなによりもまず、こうした甘い子供じみた真似ができなくなることではないだろうか?』と、思った。

「けっきょくのところ、わたしは絞首刑になる人間が一人出るよりは、ひどいでたらめなことが山ほどあったほうがいいのです。御用新聞のある号が出て二年もたって、でたらめのことなど誰がおぼえているでしょう?それにひきかえ、絞首刑になった者の息子や家族はわたしが生きている限り恨みを抱き、そのためたぶんわたしは命が縮むでしょう」

ファブリスの推理はけっしてこれ以上深くは進まなかった。こうして難問を乗り越えることができずにその周りを回っていた。彼はまだ若すぎたのである。暇なときには、彼の心は想像力がいつでもすぐに作り出してくれる空想的な状況によって生み出される感覚を、うっとり味わう喜びにひたっていた。事物の現実の特性を辛抱強く見つめて、その原因を見抜くことに時間を使おうなどとは思いもしなかった。現実はまだ彼には平凡で不潔に見えたのである。わたしは人が現実を見つめたがらないのはわかるが、それならば現実について推理すべきではない。とりわけ、自分の無知の断片によって異議を唱えてはならない。

「二週間絶望させ、二週間希望を持たせる。このやり方を辛抱強くつづけていけば、あの高慢な女の性格を打ち負かすことができる。交互に甘くしたり厳しくしたりしてやれば、どんな暴れ馬でも慣らせるものだ。この腐蝕剤をたっぷりやるのだ」

ファブリスは人間については多少知っていたが、情念についてはまったく経験がなかった。でなければ、いま誘惑に負けていっときの喜びに身をまかせれば、クレリアを忘れようとして二ヶ月間つづけてきた努力が、すべてむなしくなってしまうことに気づいたはずだった。