村上龍『ピアッシング』
会話は想像力を中和する。
そう言えばいつの間にかオレは疑われるようなことを何もしない男になった。
ピアッシングをするためには勇気がいる。勇気を得るためには何よりも性欲を回復させなくてはならない。性欲があれば勇気が手に入るわけではないが、生y区がなくなっていくと誰にも言えないあのサイクルが始まる。まわりに起こる悪いことが全部自分のせいだとわかってしまう瞬間を始まりとするあの不安のサイクル。そうなると痛みを選ぶのは自分でなくなるし、勇気どころではなくなってしまう。
この男に気持ちを伝えることはできないけどそれはきっと必要がないことだ。この男は何かを聞いてきたりしないし何かを言ってくることもない。告白されるのもするのも嫌いなのだ。そんな人間はこの世の中にはいないと佐名田千秋は思っていた。みんな喋りたがるし、聞きたがる。みんながレポーターで、みんなが記者会見をする芸能人のようなものだ。じゃあ実のお父さんから犯された時は悲しかったでしょうねえ?はい涙が止まらなくてどうしてわたしがこんな目に遭わなければいけないのってずっと泣いていました。まるでボディビルの選手がお互いの筋肉を自慢し見せ合うように、誰もが自分の受けた傷を見せ合っている。そして、信じられないことに、傷を見せさえすればそれが治ると信じているのだ。
倒れた椅子でからだを支え立ち上がろうとしている川島昌之に近づいていく時、制御できない激しい怒りがなぜ自分に必要なのかわかった。侮辱に対抗するためだった。侮辱は敵意の象徴であり、周囲の敵意に立ち向かう勇気を得るために激しい怒りはなくてはならないものなのだ。激しい怒りだけがアクションを起こす力をくれる。
怯えているのを見てオレは殴った。怯えて救いを求めてきたのが我慢ならなかった。救いを求めるのは間違いだ。なぜならどこにもそんなものはないからだ。
自分でその痛みを選び受け入れて、その結果美しいものがからだに残れば人間は強くなれる。

- 作者: 村上龍
- 出版社/メーカー: 幻冬舎
- 発売日: 1994/12
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