イヴ・シモン『感情漂流』

疲労は、文章によいものですわ。無用な句読点や副詞を書かずにすみますからね」

僕自身。『非公式なお喋り』が好きだった……。父親は、いつも、僕に出会いの大切さを説いていた。そのためか、長い間、僕は人との会話は密度の濃いテーマを多弁に論じなくてはならないと思い込んでいた。天体物理学、量子力学、ありとあらゆる専門情報誌を買い込んでいた僕は、ガイレイからハイゼンベルグ、マドンナに至るまで、脈絡もなくしゃべることが出来た。それでも反応のない時は、僕は女の話をすることにしていた。女については、たいした知識もなかったので、作り話だった。いずれにせよ、女については他に語りようがない。僕たちは、女たちの表面しか知ることが出来ないのだから、作り話しかしようがないのだ。男たちは女たちについて、書いたり、彫刻したり、写真に撮ることぐらいのことしか出来ないのである。そして、ある日、彼女たちは謎に包まれたまま僕たちの前から消えてしまう。彼女たちはそんな謎など気にもしないが、僕たちは作り話でもして、その謎の穴埋めをしなくては、その後の人生を生き抜くことも出来ない。
考えてみれば簡単なことだ。夢見る人達がいて、夢見られる人達がいるのだ。それでも僕の脳裏を絶え間なく横切る、あの太腿を嫌悪したことなどは一度もない。あの小さな唇、項に生える産毛、さるげなく誘うように広げて見せるすらりと伸びた脚、腰のくびれ、乳房、秘事の証のごとく指先に残る香水の匂い。
他者とは、常に『女』だった。女は遊び場としての駐車場のようなもの。最初に唇がある。そして言葉が訪れ、突然の沈黙。いつも、こうしてしまうと分かってはいても、それはこだわり続けるひとつの演劇形式である。唇があり、言葉があり、そして、沈黙。

暗い気分で冬を迎えようとするある夕刻。そんな時、人の心はいつも具体的な行動よりも、甘い口約束の言葉が欲しくなる。恋は囲碁のような計算ゲームではない。目に見えぬ何かが未知のものを惹きつける、そんな秘密の世界が奇妙な形で、激しく甘く展開するのだ。その力は、相手の人間が近くにいなくとも、些細な失念やちょっとした不注意だけで、相手が死ぬほどの苦しみを味わう、それほど、想われているという気持ちは私たちに安らぎをもたらしてくれるものだ。
『生きている人間たちと、記憶と、愛情を大切にするんだよ』
僕の父は、そう言っていた。
彼は既に死んでいる。僕は父を想う。父が好きだった。

「私ってね、コーヒーも飲まないし、砂糖も口にしないし、タバコも吸わないの。それが私なりの思い出を守る方法なのよ。だって、そんな新しく発見された嗜好品のせいで、私の歴史である生活の場が別の大陸に移ってしまったのだから……」

社会的事件やニュースの話題に追われ、もう自分たちのことを話すことなどなかった。とにかく、もう何も考えなかった。雑然とした混乱の中で、自分たちの存在もなくなり、もはや社会現象の消費者であるだけでは耐えられない気がしていた。彼らは自分たちには決して起こらないことの専門家になり、自分自身の人生に関しては単なる素人になってしまったかのような感情を抱いていたのだ。

彼は僕に精神安定剤だけでなく、病院の白い紙と黒インクのペンも手配してくれた。黒と白、それは喪中の色であり、また、映画や小説が生まれる出発の色である。