三島由紀夫『美しい星』

↓以下飲尿もとい引用↓

重一郎はふと目をつぶって、暗澹たる青年時代を思いうかべた。そのころの彼は、幸福という観念を疫病のように怖れていた。自分の無為に苦しみ、激しい劣等感に襲われて、無為が自分を蝕ばんで殺してくれることを夢みた。しかし無為は彼を殺さなかった。そのためには自殺が必要だった。そして自殺のためには努力が。……そのころ彼の目に映っていた世界のすがたは、登攀のよすがもなく、ただ直面しているほかはない巨大なつるつるした球体だった。それは醜くさえなかったのだ!


「だんだんにわれわれの憎悪を高めて行こう」と指導者らしい口振りで助教授は言った。「そしていずれは、それが人類愛にそっくりな相貌を呈するようになるまで、練磨を重ねる必要がある。究極的には、われわれの望んでいるものは、人類全体の安楽死なのだ。われわれのやさしい心は、もうこれ以上、人間どもの苦悩というものを見ているのに耐えないのだ」


羽黒はその年配の独り者がよくするように、犬や猫や小鳥を飼うこともしなかった。彼自身が彼のぶざまな飼犬で、狡猾な飼猫だった。自分自身にじゃれて、自分自身から喰うだけのものをもらう生活。……


さて、あなたは、こんな単純な人間の生存の条件にはっきり直面し、一たびパンだけで生きうるということを知ってしまったときの人間の絶望について、考えてみたことがありますか? それは多分、人類で最初に自殺を企てた男だろうと思う。何か悲しいことがあって、彼は明日自殺しようとした。今日、彼は気が進まぬながらパンを食べた。彼は思いあぐねて自殺を明後日に延期した。明日、彼は又、気が進まぬながらパンを喰べた。自殺は一日のばしに延ばされ、そのたびに彼はパンを喰べた。……或る日、彼は突然、自分がただパンだけで、純粋にパンだけで、目的も意味もない人生を生きえていることを発見する。自分が今現に生きており、その生きている原因は正にパンだけなのだから、これ以上確かなことはない。彼はおそろしい絶望に襲われたが、これは決して自殺によって解決されない絶望だった。何故なら、これは普通の自殺の原因となるような、生きていることへの絶望ではなく、生きていること自体の絶望なのであるから、絶望がますます彼を生かすからだ。


気まぐれこそ人間が天から得た美質で、時折人間が演じる気まぐれには、たしかに天の最も甘美なものの片鱗がうかがわれる。それは整然たる宇宙法則が時折洩らす吐息のようなもの、許容された詩のようなもので、それが遠い宇宙から人間に投影されたのだ。人間どもの宗教の用語を借りれば、人間の中の唯一つの天使的特質といえるだろう。


さっきあなたが人間の三つの罪過、三つの宿痾について、懇切丁寧に説明してくれたから、私が今度は、人間の五つの美点、滅ぼすには惜しい五つの特質を挙げるべき番だと思う。実際、人間の奇妙な習性も多々あるけれど、その中のいくつかはぜひとも残しておきたく、そんな習性を残すためだけに、全人類を救ってもいいというほど、価値あるものに私には思われる。
だが、もし人類が滅んだら、私は少なくとも、その五つの美点をうまく纏めて、一つの墓碑銘を書かずにはいられないだろう。この墓碑銘には、人類の今までにやったことが必要且つ十分に要約されており、人類の歴史はそれ以上でもそれ以下でもなかったのだ。その碑文の草案は次のようなものだ。
『地球なる一惑星に住める
  人間なる一種族ここに眠る。
彼らは嘘をつきっぱなしについた。
彼らは吉凶につけて花を飾った。
彼らはよく小鳥を飼った。
彼らは約束の時間にしばしば遅れた。
そして彼らはよく笑った。
  ねがわくはとこしなえなる眠りの安らかならんことを』
これをあなた方の言葉に翻訳すればこうなるのだ。
『地球なる一惑星に住める
  人間なる一種族ここに眠る。
彼らはなかなか芸術家であった。
彼らは喜悦と悲嘆に同じ象徴を用いた。
彼らは他の自由を剥奪して、それによってかろうじて自分の自由を相対的に確認した。
彼らは時間を征服しえず、その代りにせめて時間に不忠実であろうと試みた。
そして時には、彼らは虚無をしばらく自分の息で吹き飛ばす術を知っていた。
  ねがわくはとこしなえなる眠りの安らかならんことを』

↑以上引用↑
ココに至って『BASTARD!!』に繋がるのが俺クオリティ。
バスタ世界において天使と悪魔の対照性は、天使は信じ・悪魔は疑う、天使は愛し・悪魔は憎む、天使は誠実に・悪魔は不義に、といった形で表される。そしてその落とし穴こそが、悪魔ベルゼバブ言う処の「先の大戦で君達が敗北した理由が解るかい? 天使が自由な意志を持たぬ『神』の操り人形だからだ!!」つまり天使の神に対する信心は盲目的であるという部分。
そしてル〜シェフェル「汚しても汚しても人間の心には……弱い者をいたわる優しさやあたたかい思いやり 如何なる者にも立ち向かってゆく勇気や他の者の為に自らを犠牲にできる潔さ そして何より無条件に全てを許せる無償の愛がある」(この場面でコラージュされてるカットに半身を手に入れる前のD.S.の姿があるのは冷静に考えると違和感ある気もするのだが。作品設定の理想としては他キャラ特にヨーコさんの姿が多く描けてればベターだったのかも?なんても思う)。
愛とは許すこと。親が子に対するように。(あーそれでカルに対するD.S.なのか!今気付いた!)。許しとは過ちを認めた上でやり直しの機会を持つこと。だから楽に死ねぬのかな。
♪一回きりじゃ、絶対ない一生で、僕は…、「そんじゃ、ウチへ、帰ろっか」
考え整理ついてない垂れ流しで失礼しました。